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衆議院各種委員会委員恒例の夏季海外視察

2010/09/06

発表によると、70名近くの関連省庁関連委員の海外出張の行き先と人数が表になっていた。

朝日新聞の論調では、物見遊山ではないか、報告書の義務はあるか、航空機のファーストクラスは禁止になった等、末梢的な批判が書かれていたが、視察旅行の意義についてもっと本質的なことについて考えてみよう。

原則として、明治・大正時代ならいざ知らず、現在のように各種資料や情報が充実している時代、数時間訪問する視察でなければ分からないことはまれであろう。

視察グループが、海外公館のアレンジしたスケジュールに従って、訪問先の然るべき役職の案内で通訳からの説明に、”うなづいて” 回る光景が目に浮かぶ。訪問しなくてもわかるような先方の公式レポートだけでも調査研究の上での視察であろうか。そうでなければ実際には何も分からないないと云うのが常識だろう。説明者は、自分の説明が相手にとって理解されているかどうかは手に取るように分かる。理解したように恰好つけたと思っているのは無知な本人だけである。ある出張報告書がウィキペディアの記事まる写しであったと聞いたことがあるがうなづける。

出張が必要となる条件は、少なくとも以下の要件を満たす場合のみのように思う。

① 訪問先に、自分の専門的業務経験や研究者、国際会議、国際シンポジュウムなどで関連付けられた個人的に議論できる人物がいて、出張前から連絡が取れていて、課題が確認され互いに資料交換や議論をする準備ができているか。

② 上記以外の場合、出張前に、訪問先でしか知り得ない調査内容の把握と整理ができていて、委員としての職務上調査する必要性について具体的に把握し自身での計画が出来ている場合である。

大学生の修学旅行と変わらない様な外遊は自費でやってほしい。公費を使って大名旅行ができるのは出世の証拠と思っているような連中の “さもしい” 政治家のツアー旅行、それこそ日本の恥である。

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