国家権力で正確な戸籍簿を管理する必要はあるだろうか。 話はそこから始まるのでは?
世界中を見ると、戸籍簿があり、政府管轄の役所で管理しているのは日本と韓国だけであると聞く。韓国の戸籍簿は、友人からの個人的情報であるが、日本統治時代に作ったもののようだ。友人の父親が韓国の戸籍制度の管理に当たった日本の高位役人であったとのこと、その友人から直接聞いたことである、その友人は現在アメリカ在住である。
もともと戸籍簿は、藩主や、王侯貴族が領民を自分の領地の財産の一部として管理するために作ったもので、近代国家になり廃止されたと理解している。どなたか正しい歴史的事実をお教えいただければ幸いです。
今、ニュースになっている人間の生物学的寿命をはるかに越えた生存記録が戸籍簿上残って居ることが判明し、戸籍簿の訂正を地方事務局の責任として追及しているニュースやコメンテーターの意見を見るが、根本的に民主主義先進国で戸籍制度そのものが必要かどうか、弊害も含めて議論されていないのが不思議である。
戸籍簿があることによる個人情報侵害の実例を挙げよう。離婚した女性が離婚前の男性の本籍地から40kmほど離れた都会で薬局を開くために銀行に融資を頼んだことがあり、離婚前の男性の本籍にある同銀行の支店長の奥さんからその事実を聞いたことがある、男性は再婚して家庭を持っている。もちろんその銀行員が守るべき個人情報を興味本位に話したので悪いのはだれかは疑問の余地はないが、もっと重大なことは、銀行が戸籍謄本を要求しそれを目的以外に流用していることの社会的犯罪行為の方が大きい。客に戸籍簿の提出を求めファイルしていること、そして、本籍地など他の支店に送り調査している事実があることである。
私の遺産相続の手続きで分かったことだが、父の口座を解約するのに戸籍謄本を要求された。しかも同一銀行の同じ町の他の支店にも口座があり、それぞれ原本を要求された。こんな無茶な要求には付き合えないので「貴行はこの講座をどう処理されるか見ていましょう、手続きに来たことだけは証明してほしい」帰ろうとしたら、窓口譲が上司に相談し、先に戸籍謄本を提出した支店で確認しますと恩に着せたような回答(管理職本人ではなく窓口を通じて)。
遺産相続で、相続権者の間で問題が起こることは事実だが、ずさんな戸籍簿があるために、高齢者に限らず、現住所も生死も分からない記録が残ていて、子供のない夫婦の場合、相続権者を探すために苦労している人が身の回りにも多数居ることも事実である。そのくせ離婚して何の関係も無くなった個人情報が民間企業で法律的守秘義務のはっきりしない銀行が、ファイル、コピーをして複数の支店に保管されていることは社会悪でしかない。
これは、国家権力で正確な戸籍簿を管理せよと云う短絡的な意見でなく、戸籍制度そのものの必要の有無を議論するのが重要であろう。
国公立大学の入学手続きに戸籍謄本は不要になって久しい、最近、運転免許証でも本籍欄を空白にするようになったのも、不必要なばかりか、社会的弊害の恐れがあることが分かったからであろう。