8月15日
朝日新聞中部版の声の欄「終戦特集」を読んで感じたこと。
投稿者の世代を見てみると当然のことかも知れないが、掲載文8篇中、80代2編,70代5編、60代1編であった。いずれも深刻な体験談が淡々と書かれている。
この特集に応募した全員の世代別投稿者数の様子が分からないが、当然この特集課題では高齢者の投稿が多いとは思う。しかし編集者が、意図的に高齢者の体験談を採用したのではないかとも思われる。これは当然のように思われるが、それだけだろうか。投稿者の中に外国人との付き合いで個人的な感情を紹介したものがあった。
私の恥ずかしい経験も書いてみよう。1994年8月に研究出張で韓国の南極研究所に滞在していた時、8月15日、南極では冬であるがその日は天候が安定していた、突然1機のヘリコプターが飛来して、韓国基地の隊長をはじめ数人の幹部が出迎える中、チリの空軍幹部とおぼしき人が制服で出てきて贈り物の箱らしきものを韓国の隊長に渡す光景を見た。私と一緒にこの情景を見ていた、韓国ソウル大学の大学院の博士課程を終了した20代後半の研究者に、どういうことかと聞いてみた、その研究者は、ちょっと躊躇して私に云いにくそうに、今日は韓国の解放記念日(日本からの)で、チリからのお祝いの訪問だとの説明、私の国際感覚のない迂闊な質問に気がつき恥ずかしい思いをした。この日韓国基地では休日であった。
新聞記事などでは、日本と、韓国、中国などとの世論調査で日本に関するいろいろな設問に対する意見の比率などを発表しているが、国民感情は、世代、教育程度、国際感覚等いろいろな背景で変わり、一般的なアンケートの回答数だけの判断は、すべてではないことに注意しなければならない。
戦前戦後の社会の動向を子供の目で見てきた私には、感覚的に敗戦を終戦と表現し、事実を回避するのには抵抗がある。また1960年代後半アメリカの大学で研究者としての職を得て、一部の特殊な人々ではあるが、アメリカをはじめ、韓国、中国(台湾)、インドなどの人と働いた経験から、現在日本の社会の中心となっている世代の人々の多く、特にマスメディアの人々に、国際社会で働いた経験者の視野を持った体験的な理解が不足しているように思う。