だれが言い出したのだろう「日本の運転はマナーが悪い」
年1回、教育関係の定年退職者の昼食会でこんな話が出た。年齢は65歳から85歳、運転歴は1970年代に運転免許を取り30年ほどの車通勤歴のある人たちである。話題が自動車運転になったとき、現在の運転状況は昔に比べマナーが悪くなっている、かなりの者がそう思っているようだ。老人の常として若いころの記憶はよく見えるからだろうか。
私が日本で運転を始めた1970年当時に比べ、現在の一般の自動車交通状況は成熟し良くなっていると感じている。折に触れ知人等に言って見るが、同意してくれる人は非常に少ない。日本のモータリゼーションが始まったのは1970年代、しかし当時は車運転は特殊技能で、運転技能を競うようなところがあり、運転未熟者をやさしく見守るようなところは無かったように思う。
また当時の社会環境は、官庁や、一流会社など社会的地位の高い人たちは、運転手付きの公用車が一般的で高級管理職が運転する必要はなかったし殆どの人が運転経験も無かった。言い換えれば大多数の自動車運転手は社会の中で地位の低い部類の人たちが従事していた。もちろん警察の幹部も運転はせず、車の運転は下級職員の役割であった。したがって当時の事故処理は、事故原因の究明ではなく、関与した運転手個人を業務上過失として検挙するための記録を取る目的の処理であった。モータリゼーションが進み、社会的地位のある人や、警察幹部、あるいはその家族が自家用車を運転する時代になり、理不尽で一方的に運転者の犯罪として処理する不合理(恐怖)が自分の身に関係するようになって少しずつ傾向が変わった来たように思う。
現代の交通社会では交通事故は多くの場合災害であり、必ずしも犯罪とは結びつかない。また人間は完全無欠、過失が無いと云うのは科学的な事実ではないことが分かっている。自動車事故の場合、一方が過失を犯しても他方が回避し事故にならない場合が多い。また、現実には自動車運転中は運転に集中している場合のみではない。仕事のことを考えていることもあれば、むずかる幼児を乗せたり、後部席で騒ぐ子供を乗せた母親も運転している、視力の弱い高齢者が標識に戸惑っていることもある。しかしこれらもみな道路利用者である。互いに譲り合って相手を理解し安全に交通するのが社会的な成熟度であろう。
以上の様な認識でお互いさまと云った感覚で運転している人が少しづつ多くなり、現在の日本の運転マナーは昔に比べ良くなっていると思う。もしかしたら警察の事故処理が旧態然としているかもしれえない。
アメリカ、カナダ、オーストラリア、西ヨーロッパ各国で数万キロ以上運転してきた経験から見ても日本の運転者のマナーが特に悪いとは思えない。何度も書いているが日本の運転事故率は世界で最も少ないグループである。
外国での運転経験が無のに、どういう根拠で「日本は運転マナーが悪い」と云っているのか不思議に思う。そういうのが好きなのだろうか。