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エドワード・ケネディー上院議員の死 世界大戦後の社会の大変革を知る政治家の終焉

2009/08/27

1932年生まれというから戦争終結時12-3歳、多感な少年時代、アメリカが世界の指導的立場にあった時に教育を受けた世代である。

今日の日本の新聞では彼の自動車事故と書いてあるだけだが通常の自動車事故ではない。当時アメリカに住んでいたが、その時に見たテレビの映像のおぼつかない記憶ではあるが、マサチューセッツの大西洋岸、お金持ちの高級な別荘地の島で秘書の女性と一緒に乗車中、夜間小さな川か入り江の欄干のない橋から車ごと水の中に落ち、彼だけが抜け出し、女性を救助しないで翌朝弁護士と一緒に警察に出頭し、車の中から秘書の水死体が発見された。当時のアメリカでは、政治家や、高額納税者のような社会に貢献している知名人は、このようなことで警察に逮捕されるとか、拘束状態で取り調べを受けることはなく、警察との対応は、おもに弁護士の役目であったように思う。ただ、マスメディアの格好の餌食であったのは間違いなく、彼の、大学時代のカンニング事件まで掘り起こされて、人格評価の種にされていたのを記憶している。この事件の、社会的背景は、テレビや新聞ではよく理解できなかったが、当時博士課程の学生であったアメリカ人の友人からいろいろアメリカの当時の政治風土を含め説明をしてもらった。

この事件で、彼が政界から葬り去られる結果にはならなかったが、彼の政治活動に大きな足かせになったことは確かである。1960年代末期、ベトナム戦争の激化、大学紛争、1970年代初期の第一次エネルギー・クライシス、急激なインフレ、ベトナム戦終結後アメリカの政治的トラブル。一般の家族の在り方の価値観までが崩壊の危機にさらされた当時の風潮、アメリカ社会の大変革の多難な時代を通し、華やかに表に出ることなく民主党のリベラル派として、洞察力を持って地道な政治活動を続けてきた実力政治家であったことは確かのようである。

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