臓器移植法改正案A案が衆議院で採決された
臓器移植法改正案に対する各議員の投票結果名簿が公表された、これは当然のこととはいえ喜ばしいことである。すべての法案について党議拘束をなくし、このように公表すべきである。議員は公人であり、行動には個人の責任を明らかにすることが当然である。
ちょっと結果の傾向を見てみる。
選出母体 投票数 賛成票数 反対票数 賛/非率
小選挙区選出議員 269 179 90 2.0
比例区選出議員 159 84 75 1.1
比例区の地域別に賛否を見てみると
投票数 賛成票数 反対票数 賛/非率
東海 19 12 7 1.7
近畿 25 16 9 1.8
東北 12 4 8 0.5
中国 9 3 6 0.5
九州 20 7 13 0.5
となり、小選挙区議員と比例区議員では,この議案に対する見識が違うグループと云っても良いだろう。地区別には、統計的な検定が必要であるが、比例区議員については、東海・近畿選出の議員に賛成票が多いと云えるだろう。小選挙区議員についても個々の選挙区で統計的とみられるバラツキが大きいが、傾向としては。東海・近畿(京都を除く)に賛成票が多いように見られる。
17日に書いたように、道州制であれば、”中部・近畿州”でまず無理なく法制化できるのではないだろうか。
A案は「脳死は人の死」との無条件の前提があることが欠陥であると思う。臓器提供の目的に限定した脳死判断でなく無条件では、脳死状態の患者に対し、医療保険団体が、親族を説得して死亡判定を申請することにもなりかねない。法的に有効な本人の「死亡選択遺書」を表明していない人や、未成年の場合、脳死の判定を申請出来るのは、親族や利害関係者、医療にかかわった関係者を除外して、患者と関係のない独立した委員会に任せるよう拘束を設けるべきである。関係者の人権を尊重するのが最大の原則であるが、社会的には、死亡日時が利害関係者にとって重大な問題を起こす場合もある。これは、サスペンスドラマの話だけではない。困難な判断を、家族や治療に当たった医療関係者に任すのは責任のがれの制度で、聞こえは良いが現実の社会的状況を予測すると素朴すぎる感がある、終末期医療に関し、アメリカのいくつかの州ではこのようなことも踏まえ法制化している例がある。
これに関連した記事 終末期医療と死亡選択遺書について 2006/10/31 終末期医療と死亡選択遺書について