自動車運転免許業務は消費者庁へ
今の日本の道路交通事情は、欧米先進国と同じように、成人の殆どが運転免許を持ち、自動車交通を生活に利用している現在、昔ながらの、職業運転手を管理する感のある運転免許業務ではなく、一般市民サービス業務に移す時期に来ているのではなかろうか。
今日の自動車交通システムは、法規をはじめ、道路のインフラ、信号・道路標識など、多様な利用者の総合的な社会的合意のもとに運営されるものであろう。
警察庁が運転者管理を一手に担っている現在の方式に弊害はないとの意見は多いと思うが、これは、我々自動車運転者が一種の犯罪予備軍のような扱いを受けているのに慣らされているからであると云ってもそれほど過言ではないと思う。交通法規の細かい規定が、事故後に運転者の責任を立証しやすいように、また効率的に事故処理がしやすいとの意図で設けられ、運転者の側に立っていない面が多いように思われる。
自動車事故の場合、泥酔運転や一部の無謀運転を除き、事故に関与した者全員の不幸な災難と見られる。人間工学的には過失は避けられないもので、たとえ過失による間違いを起こしても、事故になる確率や、不幸にして事故になっても人的被害の出来るだけ少ない道路インフラや、信号システム、道路標識など、科学的研究に基づいて改善すべきことがなおざりにされている。これは、事故において道路管理者側の責任が問われた事例が皆無であることを見ても分かる。
警察庁は、法律や法規を執行する組織であり、法規の立案権はないはずである。これは社会的合意による政治の役割であるはずであるが、現実には道路交通法に関してはこの分権制度があいまいになっているようにみえる。
先進民主主義国で、運転免許業務をはじめ、道路交通管理の全権が警察にあるのは日本だけであることの弊害を考えてみてもよいだろう。国際的に比較して異常な経費のかかる車維持費も不思議である。
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