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戦争と人権

2008/08/24

戦後65年今年も8月が終わろうとしている。マスメディア恒例のの日本の戦争特集も出尽くした。

戦争体験をもつ世代は、幼児体験しかないものも含めて70歳以上となった。召集され戦場で戦った経験者、父親を戦場で亡くし食糧難の時代に母親に育てられた世代、沖縄などの占領された地域での民間人の悲劇、初等教育期間に教育を中断され、全く価値観の正反対の教育を受けて育った世代、この事実を次世代に語り継げることで戦争の抑止力とするのは大切であることは言うまでもない。しかし、「唯一の原爆被害国」に象徴される、誰にも異論のない被害者情報だけを強調することで戦争抑止力につながるだろうか。

戦後63年間、武力行使による戦争に参加しなかった日本と、3度も大きな戦争を起こしているアメリカとどこが違うだろう。特にベトナム戦争では、アメリカ社会の価値観まで変え、混乱を生み損失ばかりで無益な戦争であったことに大部分のアメリカ人も異論がないにもかかわらず、ベトナム敗戦当時学生の世代であった現政権が、疑わしい情報を利用してまたも戦争を始めたのはどうしてだろう。

その一つの原因として徴兵制度の違いを考えてみた。

日本では、戸籍が国家制度としてあるために、われわれの出生の記録や家族構成が統一的に把握されており、国家権力側がそれを利用して徴兵することができる。事実、”はがき”一枚でだれもが徴兵された。太平洋戦争時代には、徴兵拒否は言うまでもなく、国家権力に背いた場合、親兄弟は云うに及ばず、親戚まで社会的な制裁を加えることで体制をコントロールしていた。日本人には、外敵からの脅威の他に、深層心理の中に、自国の国家権力の暴走の恐れを感じ取っているのが9条放棄の抑止力となっているのではなかろうか。

アメリカの場合、1960年代後半ベトナム戦争が激化して徴兵制度が敷かれたが、戸籍がないので国家が一方的に徴兵する手段はなく、該当年齢の者が居住地で徴兵組織に自己登録することになる。登録しても徴兵を免れる条件がいろいろあり、たとえば、大学、大学院の就学中であるとか、結婚して子供を育てている場合、外国に留学する資格を取った、州兵の兵役に登録されているなど、ビル・クリントン、ジョージ・ブッシュJrなどはそのような手段で免れたと云われている。云いかえれば徴兵適齢期に、高等教育を受ける期間中であったり、高度な資格を持っていたりして社会にとって貴重な人物と評価される条件があれば戦場に送られないシステムである。悪く言えば、社会的に取り得のない人たちが徴兵されると云うことである。したがって、現在の社会の指導的階級である高学歴の人たちの大部分は兵役とは無縁の人たちだったと云えるかもしれない。

ともあれ、戦争に突入するキーワードを考えてみると。

1. 宗教や社会的価値観の違いが生む人権無視の行為。

2. 政治の権力抗争、経済の利権争い。

3. 情報の遮断または統制。

4. 情報操作による誘導。

5. 社会の緊張度を高め政治権力の安定を図る。

6. 教育程度の低さによる無知。

7. 軍隊の雇用効果。

8. 兵器の保守点検と、新兵器の効力検証、軍隊の訓練と規律保持。

ちょっと取り上げてみても数多くあり、これらの要因が単独で戦争にまで至るのではなく複合した結果であろう。

では抑止力としてはどんなものがあるだろうか。

1. いかなる理由があっても人権を無視することは許されない。戦争の根底には人権無視がある。

2. 教育によって、宗教、社会の価値観などの多様性を理解させ、異文化との寛容性を高める。

3. 情報の自由の確保と、情報を分析する能力を高める教育。

4. 直近半世紀の歴史を、議論から逃避しないで判断や価値観の多様のまま教育する。

5. 教育と社会制度や経済の平等感を高める。

6. 戦争被害状況の情報開示。

なんとなく抽象的で具体性に欠けた方策しか思い浮かばないのが残念である。

専門の学者から見れば欠点だらけの議論かも知れないが、全く当たっていないとも思われないがどうだろう。

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