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個人の人権より戸籍法の方が上位の法律である理由、 世界の先進民主国家で戸籍を行政が管理する国はあるだろうか?

2008/05/20

民法の300日規定で出生登録を受け付けてもらえなかった子が法務大臣に面会しているニュース画面を見た。 戸籍がない限り日本人としての各種の保護が得られないと云う。この原因の最大の障害は個人の人権に配慮のない戸籍法にあることは明らかである。 この問題は、中世の藩領や、植民地の領民を所有財産と考えた時代の法律に起源とする戸籍法がいまだに何の疑問もなく継承されていることである。この証拠に、事件の原因となっている「民法」は個人の財産所有権を社会的にはっきりさせるための法律のように解釈できると思うが間違っているだろうか。 かって社会補償や納税者番号を統一的に制定するという案が出た時、国民背番号制だとか、人権侵害だとか云った学者の声が上がり、それを支持するマスメディアの論調が強かったが、それらの学者は、戸籍法と云う人権の根源的な基本となるプライバシーを行政に握られていることを知ってか知らないでか問題としていなかった、学者としての品位が疑われる。 国家管理の戸籍簿が存在すること自体が最大のプライバシー侵害であることは民主主義社会の世界の常識であろう。

とはいえ、存在する法律をは破ることは行政の窓口で出来ないが、法令上困難のある申請に対しては、申請者本人ではなく、行政の責任で裁判所による法手続きをするよう義務付けるのが現代社会の常識と思うがどうだろう。裁判官も、法技術屋としてではなく人権や、正義といったフィロゾフィー(philosophy)に基づいた裁量権を行使してほしい。

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