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朝日新聞の「生活」高齢者の運転シリーズ全6回の記事を読んで

2008/04/16

朝日新聞の「生活」高齢者の運転シリーズ全6回の記事を読んで。最も痛感したのは、現在も正常な判断力と知見を持つ大多数を占める高齢者への取材が全く無かったことである。高齢者の尊厳や人権に無頓着、これは現役世代の思考力の欠如の一般的な表れともとれる。

最も大きな間違いは、高齢運転者が社会に危険と危害を与えているという前提である。日本でも、先進国でも科学的な交通事故統計分析の結果は、高齢者層の事故率は、基本的には他の年齢層と大差ないことを示している。先進国社会の共通課題として、急激な高齢者人数の増加がいろいろな社社会的困難に顕著に表れてきていることは事実で、高齢者を単に道路から締め出すだけで解決できる問題ではない総合的な対応を迫られる緊急問題であることは間違いではない。

取材では、高齢者に関する情けない「逸話」を断片的に綴り合せた記事が第2回まで続き、内容は主に警察庁やその外郭法人での取材のようだ。第三回は自動車学校の話、第4回は警察庁の65歳以下から集めたアンケートの一部だけを逸話的に取り出したものを話題にしている。5回目は認知症の話だが、医学的な軽度の認知症と運転の危険性についての取材は評価出来るが、書かれている数値データの事例数が統計的な結論を云うには少なすぎる。最終回では、高齢者の安全で実行可能な道路交通を確保することの必要性とその方策に関した取材と提言で、この内容は締めくくりにふさわしい記事であった。

天下の朝日新聞の記事をこんなにこき下ろすのは荒唐無稽、誇大妄想と思われるかもしれないが。その根拠は、OECDが2001年に発表した論文、 “Aging and Transport Mobility needs and Safety Issues” を読んでいたからである。OECDは日本も加入している組織で、その事業の一部に、交通関係の統一されたデータの集積や分析、シンポジュームなどを主宰している。総ページ数131枚のこの論文の結論の文章の一部を引用すると、「高齢者の運転の安全について最新のデータを詳細に科学的な分析を行い、それまで漠然と信じられていた、高齢者の運転についての、神話的な誤解を払拭し、高齢者が安全な交通の必要を達成できるバランスのとれた見解を、政策当局や、規制立案者、一般の大衆に、明確で客観的な情報を提供するよう試みたものである」と云うのである。警察庁その他の規制当局での取材と思われる逸話は、まさに、この論文で言っている「神話的な誤解を与えるもの」と言ってよいと思う。

OECDのこの論文がバイブルのように正しいと言っているのではない、科学論文を書いた人なら、この論文と、警察庁や外郭法人などの意図的で非科学的な各種文書を読んだ時、あまりにも知的レベルの違いを痛感するということである。

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