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薬害エイズ「不作為」で有罪確定

2008/03/05

官僚の社会では何もしないという 行為 には犯罪を問われるリスクが無いというのが常識であったように思う。この判決で監督官庁の「不作為」の結果にも責任を問われる判例が出来たことになる。あるニュースメディアによると画期的な判決という表現がされていたが、いまさらといった感がある。

決定を先送りすることを「慎重」あるいは「時期尚早」という言葉で正当化する風潮が社会全体にあるが。慎重に考慮している間時間が止まってくれればよいが、その間にも事態が進んでいくことは誰にでもわかる。指導的立場の責任者が物事を決定するのは、必要な時期に、限られた情報や科学的データを根拠にいかに合理的な決定であったかを評価されるべきで、当然リスクはある。仮に、後で新しい事実から不都合が起こったとしてもリスクを負わせるべきでない。しかし、公的機関の記録の作成や保管の法的義務がはっきりしていない現状では、勝手に都合の悪い記録が破棄されたり隠されてしまって後で評価する根拠がなくなり、決定者の責任だけが問われる。これでは先送りした方が賢いということになる。

このことは、臓器移植の事件や尊厳死に見る医学界の対応でも、医療にリスクは付き物であるにもかかわらずそれを理由にみんなで牽制し合ってなにも出来なくする、その結果、何億円もの資金援助を募ってアメリカに行き治療を求める。これもその現れの一つであろう。

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