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リサイクル と エントロピー

2008/01/28

このところニュースで製紙会社の古紙再生混入率の不足が会問題になっているが、何か古紙を再生することが無条件に環境に良いことだという迷信に基づいて語られているようだ。ここで見えてきた問題は、科学的根拠無しに資源のリサイクルを強要すると、総合的に見た場合、資源の無駄遣いになるという恐れがあるということである。その一つの表れとして古紙を混入した方が製品のコストがかかるという製紙会社の言い分で、これを単に製紙会社の利潤の問題ととらえるのは間違いである。古紙を再生するためにはエネルギー資源の投入が必要でそのコストの方が大きいということである。現在利用可能なエネルギーのほとんどは化石燃料の燃焼による二酸化炭素放出の代価として得られるものだということを合わせて考えるべきである。

エネルギーの概念は物理学で明確に決められていて、エネルギーの総量は増加も減少もしない不変であるということがこの宇宙の基本原理である。でもわれわれの日常社会では、エネルギー消費という表現が実感として受け入れられている。 このことはどこから来るか? 同じく物理学の概念であるエントロピーと合わせて考えていないからである。 エネルギーは状態に変化を与える原動力であるが、変化を繰り返す度にそれに関与したエネルギーの属性であるエントロピーが増大するというのが物理学の法則である。言い換えれば、エントロピーはエネルギーの変遷の方向と能力を知るためのに導き出された数値で、この値が大きいということは、すでに使い尽くされたエネルギーということになる。これを社会の価値観と関連させてみると、価値のあるエネルギーは、エントロピーが小さく多様な変化を起こす能力を持つものであり、このエネルギーを利用するとこれが消費されて、エントロピーの大きい価値の低いエネルギーに変わるということである。

エントロピーの増大しきったエネルギーは、使い道がないばかりかそれを捨てなければ糞詰まりになって活動が止まってしまう、これはごみ問題と同じである。これを地球環境でいえば、太陽エネルギーという比較的エントロピーの小さいエネルギーが、気象現象をはじめ生物の活動などいろいろな活動を経て使い古され、温度の低い(エントロピーの大きい)エネルギーとなり地球の温度を上昇させることになる。この使い古されたエネルギーは赤外線となって絶え間なく宇宙に捨てられているから恒常的な活動の継続が保たれているのである。地球環境問題はこのエネルギー収支の関係に依存している。

では、なぜ資源のリサイクルにはエネルギーが必要かを考えてみよう。 エントロピーの概念は物質資源についても拡張することが出来る。このことを金属資源について見てみると、経済的価値の高い資源は純度の高い、言い換えればエントロピーの小さい工業原料である。これらの資源が消費活動によって分散されてしまうと金属そのものは無くならないがエントロピーが増大し、そのままでは利用価値がなくなってしまう。このことから、物質の拡散の度合いをエントロピーで表すと、資源についてもエントロピーの増大法則は成り立つ。したがって、このエントロピーを再び減少させることを我々はリサイクルと云っていることとなる。しかし、宇宙の法則は、物資資源とエネルギー資源のもつエントロピーの合計は増大する方向にしか働かないので、物質資源のエントロピーを減少させるためには代替えが必要である。これがエネルギー資源であり、エネルギー資源のエントロピーを増大させることの代償で物質資源のリサイクルが実現出来るのである。 

一般的にはリサイクルをすればするほどエネルギー資源が必要であり、現在はそれを大部分化石燃料に頼っているので二酸化炭素の放出が増大するということである。このことを古紙再生問題について考えると、森林資源の保全か化石燃料の消費のどちらが重要であるかの選択である、これはそう簡単な問題ではない。しかし、電子製品に使われている稀少金属のリサイクルについては明らかに化石燃料より貴重な資源であることからリサイクルが必要であるといえる。

このように、地球環境とリサイクル活動は切り離せない関係にあり、これは総合的な自然科学の理解とデータに基づいた科学的根拠で行われなければ効果はない。一部の職業的環境活動家や、マスメディアに動かされたり、あるいは、単に 「良いことをしたい」 というだけで安易に環境問題に貢献していると思いこんでする行動が結果的に意図しない反環境問題にならないとも限らない。科学的根拠の乏しいリサイクル法がその一例とも云える。

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