第二次大戦の末期、連合軍の爆撃で完全に瓦礫となった石の中から考古学的研究により、建物の位置が特定できる石材を出来る限り使って修復したという。
右の写真で外壁の黒く見えるブロックがオリジナルの石であるという。何と少ないことか、徹底的に破壊されたことがうかがわれる。
戦争という狂気の行為で破壊された文化材を再建する気の遠くなるような作業とそのエネルギー、人間の尊厳への復活を願う行為と見られないだろうか。
破壊され瓦礫として残った外壁の一部を残した記念碑。
礼拝堂内の復元されWたパイプオルガンと参拝者 ドームの天井画
2006年7月撮影