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JR福知山線事故 あれから2年

2007/04/24
多人数輸送機関の事故、JR福知山線脱線事故について思う。
 
今日のニュースで、いまだに国土交通省の事故調査委員会の最終報告がなされていないとのこと。
地上で起った事故であり、火災にもなっていない、証拠の保全が完璧と思われるこの事故の原因調査がいまだに出ないことを不思議に思う。無為に時間をかけても「慎重」の一言で逃げられるお役所仕事なのだろうか。監督官庁の事故調査は何のためにするのか、同様の事故が2度と起らないために、事故の原因になった可能性を探求することであり、時間をかければ調査期間中に同様の事故が起らないとも限らない。検察や裁判のように起ってしまった事件に対する責任を摘発することではない。
 
ちょうど、事故が起った直後、工学部の基礎力学の講義に関連して教材として使おうと、事故を起こした車両と同じ型の、大きさや重量、ブレーキ性能など、公表されているはずのデータを問い合わせたら、「監督官庁の事故調査中などで予断を許す情報には答えられない」との返事が来た。公表されている車両のデータを問い合わせただけなのに、なんと無能で思考停止のマニュアル人間の回答であろうか。この点を指摘したら、さすが1ヶ月ほどして謝りのメールが来たが、責任者の名前や問い合わせに対する回答は一切無く、なぜそのような内容のメールの返信までに1ヶ月を要したかも理解できない。
 
昨日テレビで、ニューヨーク地下鉄の運用システム構築のドキュメントを見た、印象的であったのは、その関係者の最大誇りは、2001年9月11日テロでグランド0の地下を走っている地下鉄の施設の崩壊前に乗客の避難と列車の停止に成功したことである、と胸を張って答えているシーンであった。貿易センタービルの崩壊の衝撃で完全に破壊された駅施設の映像を見て、災害を防ぐには的確で時期を失しない有効な予測システムがいかにに必要かを実感した。日本の大都会の交通システムにも、そのような総合管制システムがあるかを知らないが、あったとしても一般に知らされていないように思う。
 
ドイツ国鉄の高速鉄道の事故、オーストラリアの列車事故、多くの航空機事故。必ずしも正確なドキュメント映画とは思わないが、背景となっている社会組織、被害関係者の人間模様などを考えさせる映画や本を幾つか見た記憶がある。なぜ日本では作られないのであろうか、そのような映画は日本の観客に興味が無く、営業的に成り立たないのか、組織のガードが固くデータの取材が出来ないのか、被害者がプライバシーを語りたがらないのか、原因は不明だが、重要な人間社会のテーマではなかろうか。
 
日本のJR新幹線の無事故記録は輝かしい誇りであり、原子力関連施設で見られるように、営業管理部門などからの、非科学的な運行の圧力に屈しないことが重要であろう。
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