生まれてきた子供の人権に無配慮な判決
2007/04/12
また起った個人の尊厳と人権に介入する国家権力。
向井夫妻の間に生まれた子供に対し、日本の民法は夫妻の子供としての登録を認めないと言う最高裁の判決。この事例は、タレント夫妻の場合であり。メディアが注目するこの種のニュースバリューのある提訴に最高裁が迅速な対応をしたというのは無名人のやっかみであろうか。
裁判は、現在ある法律に合致するかしないかの判断をする裁判官(法運営の技術者)が下した結論でいいのだろうか。
事務手続きを受け付ける役所の窓口は、法規に無いことは出来ないので裁判所に判断を求めるのは当然であるが、最高裁判所に期待されるのは、単なる法技術の運用ではなく、法律を越えたグローバルな総合判断であろう。それにより、社会に議論を巻き起こす問題提起であっても良いと思う。
向井さんの子供たちが就学年齢に達するまでには、戸籍上親子の登録が出来るよう法改正はされると思うが、前にも書いたように、この問題も戸籍制度の上のことであり、戸籍制度の存続が必要かどうかも含めて見直しが必要ではないだろうか。
次元の異なる話であるが。民主主義の発達した欧米諸国に住んだり、旅行して感ずることで、日本の社会組織と異なる経験の一つに、欧米では、組織の中で地位の高い人ほどその人個人の判断による裁量権が大きいと言うことがあると思う。
具体的には、日本では、役所や、警察など、申請をしたり、相談をした場合、組織内で地位の低い窓口の人も、専門職や管理職の人の応対もほぼ同じ、マニュアル的な通り一遍の返事の場合が多いように思う。
欧米では、地位の高い人ほど、自分の判断で裁量権が行使できることを誇りにしているようで、多少のリスクはあっても便宜を図る傾向があり、その恩恵を受けた経験を幾度もしている。
これはいいこととか悪いことかは別として、マニュアル人間ばかりの思考放棄の社会は、文化的に未成熟であることに気付くべきであろう。
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