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高校の履修漏れに対するテレビ局のアンケートに答えて

2006/11/15

私が非常に残念に思うのは、マスメディアを含め履修漏れになった科目をどのようにつじつま合わせをして修復したことにするか、落しどころの議論ばかりで、世界史その他の科目が、高校教育に必要かどうか。高校の教頭でも世界史の教科書を読んだことがないとインタビューで言っていた様に、みな内容を知って云っているのだろうか。

ただ、文部省の学習指導要領に従わないことが悪だと単純に思い込んでいる、思考停止の社会に成り下がっているとしか思えない。

なぜ、スキップした科目より大事な教育が必要だったから責任を持ってカリキュラムを組んだという校長や、それに対するメディアの教育論が出てこないだろうか。校長は「ご迷惑をおかけしました」と頭を下げるだけだが、誰に迷惑をかけたと思っているのだろう。

文部科学省がマニュアル(学習指導要領)どおりに教育をしなかった生徒は卒業させないと言い出すのを恐れているのか。そんなことを社会が受け入れるとは思えない。

高校が無原則に授業をサボって生徒を遊ばせ、先生もなまけていたというならいざ知らず。保護者の暗黙の了承の基に(場合によっては教育委員会も)行っていたことを多くの教育関係者は知っていたはずである。

メディアは勇気を持って、学習指導要領がどのようにして出来ているのか、内容が支持出来るかと言った実質の教育論を社会に惹起させるようキャンペーンを張るべきではなかろうか。

現在の日本では、政府の施策を具体的に指摘して批判することは、メディアにとっても怖いことだろうか。法律違反を助長するようなことをメディアがそそのかすのかと、いった圧力がかかってくるのだろうか。

次元が違うが、アメリカでは、現在米兵の戦死者が出ている戦時中でありながら、連邦政府が合法的に開戦した戦争の、開戦当時の責任まで含めメディアで議論出来るのに、あまりにも臆病な日本のメディアが情けなく思う。病な日本のメディアが情けなく思う。

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  1. 不明 のアバター
    Taro permalink
    2006/11/19 01:30

    まったく同感です。 日本のマスコミが思考停止して、盲目的に報道するから、学校も評判を恐れてただ平謝り。自分たちの教育方針にもっと自信と信念をもった学校が出てきて欲しいものです。マスコミだけでなく、それを受ける学校側と視聴者たちもそれだけ思考停止しているということの顕れでしょう。だとすればこれは国民全部の批判精神が鈍っているということではないでしょうか。日本の先行きが心配です。
     

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