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終戦記念日

2005/08/15
我々は終戦記念日、またはこの言葉を嫌って敗戦とする人もいる。
 
8月15日、「解放記念日」 この言葉に恥ずかしさと気まずさの記憶がよみがえる。
 
1994年8月に南極半島の先端にある島、キングジョージ島の韓国南極研究基地に滞在していた。
この島には、チリ空軍の空港があり交通が便利なため、中国、ソビエトなどの研究施設もあった。
 
8月15日、まだ南極では冬であるが、凍った海の方から1機のヘリコプターが飛んできて着陸した。
チリ空軍の司令官が降りてきて韓国研究所長と挨拶し、しばらくして帰って行った。
何気なく、一緒に仕事をしている若い研究者に、何しに来たのだろうと聞いたら、彼は、
日本人の私に対し、戸惑った顔で、今日は「解放記念日」でお祝いの挨拶に来たのだと言った。
自分のうかつさを恥じた。
 
我々は、この日をなんとなく感覚的に、われわれだけの被害者意識で捉えて居るが、
他の国ではいろいろな思いでこの日の行事をしていることを思い知らされた。
 
歴史のバックグラウンドの違った人々が一緒に仕事をして行くためには、
思いやりと互いを理解できる教養がいかに大切か。
客観的に歴史認識を把握することがいかに難しいことか。
 
ただし、政治家や権力者が、大衆に偏狭な愛国心を掻き立てる行動に出たとき、
これが危険な兆候である事実は、例外なき歴史認識であろう。
 
 
 
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