ロンドン同期(同時)発生テロとJR尼崎事故に想う
JR西日本は事故に関する処分を発表したがそれを見て唖然とした。どうなっているのであろうか。組織にどっぷりつかるとこんなことしか思いつかないのか。人事管理の頂点にある最高管理者が最も重い責任を負うのが社会のルールであると思う。その無能な高位の管理者が地位を利用して下位の管理者の処分を発表する、事故の責任はどこに行った?、天災のように偶然起こったとでもいうのか。これがわれわれの正常な社会か?
尼崎や大阪の市長も自分が守るべき市民の災難を、こんな茶番に何の感覚も持っていないようだ、またジャーナリズムも取り上げないのも不思議でならない。
ニューヨークやロンドンでは、市民や行政が自分の親族の不幸に接したときのような哀悼の行動をいろいろな機会を捉えて行われているのに。それ以上の大きな規模のJRの人為的災難に無関心であることが恐ろしくなる。
下の手紙文は、処分発表前に出したもので、処分の発表をみて、高級管理者も組織のロボットで、おそらく理解力は無く期待できない。もう一度 どうなっているのか。
7月13日 2005
JR西日本最高管理責任者 殿
今回、ロンドンの地下鉄同期テロ事件の死傷者のニュースを見て、JR尼崎事故の場面が想起されることを禁じえませんでした。ロンドンの場合、テロ行為であり反社会破壊活動の確信犯によるものでありますが、JR事故の場合は、運転手の犯罪行為や自殺行為、また、車両やレールの明白な欠陥であるとの情報はいまだに聞こえてきていません。とすれば、交通機関としての組織的な人事管理を含むシステム管理の誤りが原因となっていたと思わざるを得ません。高度の教育と社会的見識を持って組織の最高決定権を任されている幹部の方々はこの点どのように認識されているのでしょうか。過失とは言え、テロに匹敵する犯罪行為であると思います。
長い伝統をもつ客船の船長、最新技術の集積である航空機のパイロットにおいても、運行中の安全に関する判断に関しては絶対的裁量権を任されています。このことは、経験から生まれた安全運行の知恵であったと思います。
JR西日本では、運転手にはそのような裁量権が認めているとは思われません。報道された運行ダイヤでは、状況的に見て、安全に関する運転手の判断余地は無いばかりでなく、遅延が起こっただけで罰せられるとは常識的には理解できない管理体制です。
今回のロンドンのバス運転手が重傷を負いながら乗客の救助活動をしたとのニュースに接したとき、尼崎では乗り合わせた通勤中の運転手が現場にいながら上司に電話で指示を仰ぎその場を離れた事実は、職場の下級職員には裁量権がまったく無く、人間としての判断力も感情も剥奪され、ロボットとされているとしか思われません。
電話を受けた管理職は、事故の現場の情報が殆ど無い状態で、本来ならば現場に居合わせた職員の判断を尊重すべきところを、単なる職場の上司の権限だけを行使して誤った命令を下したことは、管理職員として無能なばかりでなく、それを起用している組織の欠陥であると思われます。
乗客が命を預けるのは運転手です。運転手を管理職とし、非常事態では、不適切な指令を拒否できる権限を与える。一方、運転手には上記にふさわしい技量と判断力を備えた人材を養成し、専門職としての待遇をすることが事故の再発を防ぐ人事管理システムの基本であると思います。また、管理職とすることで国鉄時代のような労働組合の台頭を心配することも無いでしょう。
ATC装置や運行管理者との情報連絡機材は必要ですが、これは航空管制システムのような安全運行のためのものです。鉄道の運行管理も、航空機と同様に公共のシステムとして鉄道会社の管理から独立させることにより、多種の交通機関が交雑した都市交通システムを一元的に制御できるのではとの思いがします。また、現実として運転手に商用航空のパイロットのような能力を求めるのは無理という声が聞こえそうですが、では、非常事態にリアルタイムに対処出来る情報収集と判断力を備えた管理システムが各事業者独自に構築可能でしょうか。
尼崎事故の物理的な原因については事故調査委員会の結論を待つ以外にありませんが、当初JR西日本の発表の133km/hで脱線転倒するデータと、最終発表の110km/h程度であのカーブを通過中に非常ブレーキがかかった状況を加えて単純な力学の計算しただけでも、高い確率で事故が起こる可能性が算出されます。力学的に見て非常ブレーキは無条件で安全に寄与する装置ではなく、運転手の判断が働かないところで自動的に、または車掌などが人為的に動作させることの方が、はるかに危険と思います。
関連して、私が経験した、JR西日本社内に蔓延していると思われるロボット体質を示す資料を同封します。
もう一つ私の経験を書かせていただきます。 2002年夏(アメリカの9月11日テロの1年後)ロンドンのヒースロー空港で、ターミナル移動するための電車のホームに忘れ物をしました。忘れ物に気がついたのが約3時間後の深夜11時過ぎでした、家内にあきらめるよう言いましたが、よく考えて選んだ土産なのであきらめきれないということで探しに戻ることにしました。幸いヒルトンの空港ホテルに宿泊しましたので空港建物内を歩いて戻れるため、乗車したターミナルまで戻りました。忘れ物は、エディンバラの空港ショップの袋に入れて荷物カートのハンドルに掛けていましたので直ぐ見つかるはずですが見当たりませんでした。ちょうどカートを整理している女性職員がいましたので事情を説明したところ、ついて来いと言って、歩きながら雑談風に忘れ物の形態や内容物、旅行の目的などを聞き始めました。私にはその目的がわかったので、あらかじめ用意していたショップのレシートなどを見せ具体的に説明しました。セキュリティーエリアの入り口で私たちを待たせ中に入って保管中の忘れ物を持ってきてくれました。ここからは私の憶測ですが、制度的には遺失物掛りに保管され、オフィス時間に出向いて正式な手続きをして返却を受けるのでしょうが、この職員は、私たちの事情を考えて自己の判断で処理してくれたものと思います。私たちは返却された袋に危険物が混入されていないか注意深く調べましたが、先方でも内容物を全部チェックした痕跡がありました。セキュリティーの厳しい空港でも、このように職員の個人としての裁量権が認められる管理体制を残しているものと理解しました。ぜひ参考にして下さい。